

1961年9月27日生。香港出身。香港のテレビ局(TVB)の俳優養成所を経て、テレビ局専属俳優としてデビュー。82年、アン・ホイ監督作『望郷/ボート・ピープル』で映画界に進出。その後、『いますぐ抱きしめたい』(88年)、『インファナル・アフェア』(02年)、『LOVERS』 (04年)、『ウォーロード/男たちの誓い』(08年)、『三国志』(08年)、『新少林寺』(11年)など、これまで150本近い作品に出演する。99年の『暗戦/デッドエンド』と03年の『マッスルモンク』では、香港電影金像奨(アカデミー賞)の最優秀主演男優賞を受賞。また、07年の『プロテージ/偽りの絆』では最優秀助演男優賞を受賞。97年のフルーツ・チャン監督作『メイド・イン・ホンコン』以来、若手監督を育成するプロデューサーとしても活躍。また、85年以降、歌手としても活躍するなど、約30年間に渡り、名実ともにアジアを代表するエンターテイナーである。
1976年2月27日生。中国・黒龍江省出身。上海戯劇学院に入学後、94年に女優デビュー。99年に主演した『ただいま』では、シンガポール国際映画祭の最優秀女優賞を受賞。その後、仲村トオルと共演した『パープル・バタフライ』(00年)、ジョニー・トー監督作『僕は君のために蝶になる』(00年)、台湾ドラマ「天空之城~City of Sky~」など、台湾や香港など、活動の場を広げる。また、08年に白髪魔女役でジャッキー・チェンと共演した『ドラゴン・キングダム』でハリウッド・デビューを果たし、11年にふたたびジャッキーと共演した『1911』ではヒロインを熱演した。『バイオハザードV リトリビューション』(12年)では女戦士・エイダ役を演じる彼女だが、アンディとは03年の『剣客之恋』以来、『イノセントワールド -天下無賊-』など、本作が4作目の共演作となった。
1979年2月8日生。中国・江西省出身。中央戲劇学院に入学し、00年にドラマ・デビュー。02年、歴史ドラマ「少年天子(日本未公開)」の主演に抜擢され、中国大陸でブレイクを果たす。翌03年には映画デビューを果たし、06年にフォン・シャオガン監督作『戦場のレクイエム』で、砲兵連の連長役を熱演。中国金鶏百花奨の最優秀助演男優賞などを受賞した。さらに、08年に武侠小説をドラマ化した「倚天屠龍記」に主演したことで、アジア全域で知られる存在になる。シャトー役のレオン・カーフェイとともに、香港電影金像奨の助演男優賞候補になった本作のほかにも、『お似合いカップル~愛情左右』(08年)、『建国大業』(10年)、『赤い星の生まれ』(11年)などといった話題作に出演している。
1958年2月1日生。香港出身。香港理工学院を卒業後、雑誌編集者やモデルを経て、81年にTVBの俳優養成所に入り、アンディ・ラウと同期に。83年、リー・ハンシャン監督に抜擢され『西太后』で映画デビュー。咸豊帝役を演じ、その年の香港電影金像奨にて最優秀主演男優賞を受賞する。過去30年間の出演作は100作を超えており、『黒薔薇VS黒薔薇』(93年)と『エレクション』(06年)で同最優秀主演男優賞を、『大丈夫』(04年)でも同最優秀助演男優賞を受賞するなど、確固たる地位を築いている。日本をはじめ、世界的にはジャン=ジャック・アノー監督作『愛人/ラマン』(92年)で知られており、95年の『南京の基督』では富田靖子と共演。近年の日本公開作ではジャッキー・チェンと共演した『THE MYTH/神話』(06年)や、ドニー・イェンと共演した『孫文の義士団』(10年)などがある。
1965年12月8日生。中国・江蘇省出身。83年、TVBの俳優養成所を経て、84年に現在のパートナーであるトニー・レオンが主演したドラマ「新紮師兄(日本未公開)」で注目を浴びる。そして、86年にジャッキー・チェンが製作を務めた『クラッシュ・エンジェルズ 失われたダイヤモンド』で映画デビュー。その後もアンディ・ラウと共演し、ナント国際映画祭の主演女優賞を受賞した『欲望の翼』(90年)、レスリー・チャンと共演した『君さえいれば/金枝玉葉』(95年)、チャウ・シンチーと共演した『008皇帝ミッション』(96年)、人気シリーズの2作目『インファナル・アフェアⅡ/無間序曲』(03年)などの話題作に出演。06年の『好奇心は猫を殺す』で、中国金鶏百花奨にて最優秀主演女優賞を獲得していた彼女だが、本作での怪演で念願の香港電影金像奨の最優秀主演女優賞を受賞した。

1950年2月15日生。ベトナム・サイゴン出身。66年に香港からアメリカに渡り、テキサス州立大学で映画を学ぶ。77年に香港に戻り、TVBなどのテレビ局で、脚本や演出を手掛けた後、79年『蝶変』で映画監督デビュー。83年にはワイヤーアクションとCGを融合した『蜀山奇傳/天空の剣』を発表し、世界の映画製作者に衝撃を与える。翌年には製作会社「電影工作室」を設立し、『男たちの挽歌』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』『スウォーズマン』などの人気シリーズを次々プロデュースした。斬新なテーマと多くのスターを発掘したことから、“香港のスピルバーグ”と称される。そして、ハリウッドに進出し、『ダブルチーム』(97年)、『ノック・オフ』(98年)などを監督。その後、不振も囁かれたが、本作で香港電影金像奨の最優秀監督賞を受賞。91年の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明』以来、2度目の受賞となった。
1952年1月7日生。香港出身。10歳で中国戯劇学院に入学。京劇パフォーマンス・グループ「七小福」に所属し、少年時代のジャッキー・チェンやユン・ピョウとともに活動する。61年に俳優として映画デビューし、スタントマンやアクション監督としての道を歩む。77年、『少林寺怒りの鉄拳』では主演とともに初監督を務め、翌78年に『燃えよデブゴン』を発表。同年公開の『死亡遊戯』では『燃えよドラゴン』(73年)に続き、ブルース・リーと共演し、アクション監督も担当した。さらに、盟友のジャッキー、ユン・ピョウと『プロジェクトA』『五福星』シリーズなどのヒット作を監督・出演。98年から全米放送されたドラマ「LA大捜査線/マーシャル・ロー」で主演を務めた後は、ゲスト・カメオ出演が多かったが、ドニー・イェンと死闘を繰り広げた『SPL/狼よ静かに死ね』(05年)を機にアクション俳優として第一線に復帰。これまでにアクション監督を務めた作品は70作を超える。